© Imizu City Shinminato Museum.

絵図(広域地図) 福井県・滋賀県

越前近江糧道測量絵図

越前国敦賀と琵琶湖の間に運河を開削する計画が加賀藩によって立てられ、藩の単独事業として幕府から許可されました。そのための大規模な測量が慶応3年(1867)2月から1か月余りかけて、石黒信由のひ孫信基と孫の北本栗を中心に石黒門下の在村の測量家たちにより行われました。敦賀から琵琶湖側の海津、大浦、塩津へ通じる6つの道筋で道程測量と高低測量を行い、地点間の距離と海面・湖面からの高さを算出しました。この絵図は6つのルートを含む詳細な全体図で、入り組んだ諸藩領の領主区分も示されています。6つの道筋は旧道を描く地形図と重なり合い、測量の精度はきわめて高いことがわかります。加賀藩の全体計画は京都まで運河を開削しようとするものでしたが、敦賀琵琶湖間の運河工事が具体化されないまま大政奉還を迎え、この事業も中止となりました。縮尺百間5分(1/12,000) 国指定重要文化財