新川郡飯沢村新開内検地等御用留帳
文政二年十一月
新川郡飯沢村新開内
検地等御用留帳
石黒藤助
1 御改作奉行
井上仁左衛門様
富永権左衛門様
田中村
弥右衛門殿
宮森村
庄兵衛殿
中川
兵太郎殿
〆
縄張
藤助
六右衛門
竿取人
高木
四郎右衛門
下条
与三右衛門
〆
一、十一月十日 天気 藤助
召連
四郎右衛門
宅朝七つ時罷出、東岩瀬舟渡しニ而
中川兵太郎殿同道ニ而、三日市へ暮
六つ時宮森様宿へ着仕申候、
着等之案内申上候、
一、十一日 同
御扶持人中、御奉行所へ
御出、朝五つ半ゟ藤助御奉行
所へ御挨拶、昼九つ時宿へ帰り
申候、
一、十二日 同
御扶持人中申分場所御見分
并組附村方百姓中も罷出
申候、且又藤助も御召つれ、
2 但、石丸村六右衛門七つ時頃宿
迄着仕申候、
一、十三日 雨
論所分見并拾七石開境筋
分見、
一、十四日 雨
右同断并三十六石開分見、
但、御奉行所場所御見分、
一、十五日 天気
十七石開縄張等、
一、十六日 同
右打立、
橋下条村与三右衛門竿取ニ
罷出申候、
一、十七日 雪ふり
三十六石開角縄弐つ入ル、
并十七石開抜物、
一、十八日 天気
絵図調申候、
一、十九日
三日市出立仕申候、
四郎右衛門、与三右衛門
六右衛門、藤助同道ニ而、
3 一、廿日 雪ふり
藤助富山又右衛門方泊り、四郎右衛門
下村泊り、与三右衛門帰宅、六右衛門も
帰宅仕申候、
〆
〆
藤助宅ニ而調申分
一、文化十二年新開絵三枚并帳面等
六冊
一、三枚 論所絵図
一、壱枚 正徳二年三十六石新開
絵図壱枚
〆
十一月十日ゟ廿日迄
一、拾壱日 藤助
同十二日ゟ廿日迄
一、九日 六右衛門
〆
十一月十日ゟ十九日迄
一、十日 竿取四郎右衛門
同十六日ゟ十九日迄
一、四日 下条与三右衛門
一、四百二十七文 高木村ゟ
三日市迄分見
道具持運駄ちん
4 三日市嶋屋和十郎ゟ
一、九拾文 山田紙拾八枚
一、四百四十文 蝋燭廿丁
一、百弐文 八寸紙三帖
一、百七十文 みの紙四十八枚
〆八百弐文
藤助ゟ払置申候、
同所紙屋宗兵衛ゟ
一、拾文 ふしくろ竹
壱本
竿ニ遣申候、
藤助ゟ払置申候、
〆
一、五拾五文 下村ゟ東岩瀬迄
一、四十七文 岩瀬ゟ滑川迄
一、三十六文 滑川ゟ魚津迄
一、三十三文 魚津ゟ三日市迄
一、五十弐文 所々雇ちん等
〆二二三
一、壱斗三升五合 御飯米代 藤助
代四百八十九文 四郎右衛門
一、三匁六分 御宿払 藤助
代三百九十六文 四郎右衛門
一、四十文 たはこ
5 一、廿八文 わらんし
一、九十九文 三日市ゟ魚津迄
一、百八文 魚津ゟ滑川迄
一、四十七文 滑川ゟ東岩瀬迄
一、五十五文 東岩瀬ゟ下村迄
一、廿五文 下村ゟ小杉迄
一、六十九文 所々藤助小遣
惣〆弐貫三百九十一文
内
百六十文 石丸六右衛門ゟかり
百七十一文 四郎右衛門ゟかり
但、此形ニ四百四十二文三日市払、藤助ゟ
出申候間、弐百七十弐文
かし、
五百文 正銭
金壱歩 代壱貫五百六十文
〆