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絵図(広域地図) 高岡市

越中高岡五社宮屋敷并御社領高地元分間之図

瑞龍寺南の神主町には関野神社、稲荷社、八幡社、山王社、神明社の五社宮が集まっていましたが、文化3年(1806)山王社を除き堀上町(末広町)に移転しました。その跡の屋敷拝領地などをめぐり神主関三河守と上関村との間で争論が起こったため、加賀藩は天保12年(1841)石黒信由の孫信之と金沢在住で測量方御用の越中屋平七に測量を命じました。本図にはイロハ記号で区分けされた争論の対象地について双方の主張が記されています。翌13年争論は結着し、その内容を記した絵図(BⅡ171)も作製されました。縮尺百間1尺(1/630) 国指定重要文化財